弁天山美家古寿司のご紹介 - 浅草江戸前寿司|弁天山美家古寿司

弁天山美家古寿司のご紹介


 

弁天山美家古寿司の歴史

江戸前寿司の始祖 華屋与兵衛の流れをくむ「千住みやこ寿司」で修行をした初代 金七が、慶応2年(1866年)に浅草 金龍山浅草寺の鐘桜の下で浅草弁天山みやこ寿司を開店。

3代目 竹三郎の時代に創業50年を迎え自作の俳句「美(み)どり濃き 家(や)なぎ寿く 古(こ)としかな」の句を読みあげました。

その句を手ぬぐいに染めあげお客様へ感謝の意を込めましてお配りしたそうでございます。

当時流行った言葉遊びで5・7・5の頭の文字を み・や・こ として、ひらがなの元字をあてはめました。
※「や」 の元字は,「也」ですが 洒落て「家」となりました。

それ以来、東京浅草 弁天山美家古寿司としてこの地で営業をいたしております。

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弁天山美家古寿司の江戸前ずし

創業慶応2年(1866年)

酢飯、仕事を施したた寿司ダネ、新鮮な山葵、にきり醤油

この4つのバランスによって寿司の美味しさを最大限に引き出す。

これが江戸前すしの本来の仕事。 にきり・ツメ・ヅケ・酢〆・昆布〆など古典的技法を今もなお頑に守り続けている。

~江戸前すしの特徴~
江戸湾(東京湾)で採れた新鮮な魚をにぎる=江戸湾産地説も存在しますが、江戸前寿司は、関西地方の大阪寿司に対して 江戸時代1827年華屋与兵衛によって考案された握る寿司であり、寿司飯の上にそれぞれの寿司店のすし種が乗り握った形であれば、すし種に仕事をしてある・ないに拘らず、そのスタイル全てを江戸前すしだと考えますのが 江戸時代に考案された=江戸時代説です。

  • 江戸前ずし
江戸前寿司の技



 

五代目 親方 内田 正
  • 五代目親方 内田 正

    1943年(昭和18年)浅草に生まれる。幼少より寿司屋になると思い続け手伝い、立教大学卒業後、4代目内田栄一親方のもと修行。現在に至る。

  • 六代目 山下大輔

    1974年(昭和49年)浅草で生まれる。
    地元中学卒業後、1989年(平成元年)弁天山美家古寿司弟子入り。4代目親方の厳しい指導、5代目の薫陶を受け修行。2013年(平成25年)11月 6代目襲名。

  • 女将 中川晶子

    5代目内田正の長女。1999年(平成11年)より修行。2007年(平成19年)5代目女将内田孝子の亡き後を継ぎ、2008年(平成20年)6代目女将となる。